北近畿タンゴ鉄道とは!
Posted on 2008年11月21日
鉄道ジャーナル誌1月号より
本日発売の「鉄道ジャーナル」1月号に地方鉄道レポートとして、12ページにわたる特集記事があります。
この雑誌を、私は創刊号から愛読して・・なんと507号だ・・42年にもなっていた。びっくりですね!!
KTRについては
日本一赤字の額が多い3セクですが、その改善に努力されている内容が紹介されています。
またKTRの多方面にわたる内容が取材掲載されており、内情が良くわかります。
ただし、HP・ブログ駅長ののことは残念ながら触れていません。記事の提供がなかったのかもしれません。
ここでクイズです
KTRとJRは相互に乗り入れしていますが、その使用料はどちらが多く支払われているでしょうか?
例えば・・福地山駅から「はしだて」「文殊」「タンコエクスプローラー」「タンゴテ゜ィスカバリー」普通列車など。
ぜひお近くの書店で、ご覧ください。
舞鶴の紅葉名所
Posted on 2008年11月17日
天空の世界
Posted on 2008年11月14日
舞鶴市の東西の中央に位置する五老ケ岳(標高300m)には今日も雲海が見られた。
8時半に頂上へ車で登ると、快晴の朝を迎え見事な眺め。静寂な中に雲海が360度のパノラマになって見られる。
五老スカイタワーの職員からは本日は、最近にないきれいな雲海とのこと。
8時頃までに登頂すると見られるそうだ。地上200m付近にたなびく雲海を見るために近隣、但馬などから途切れなく見学者がある。
KBSテレビのライブカメラも設置されているが朝は何時からか?
スナップ3~4枚をパノラマに加工した。
青葉山(699m)から湾口

建部山(315m)、赤岩山(669m),由良ケ岳()640m、槇山(483m)

建部山(315m)と西市街地方面

懐かしい写真を個展
Posted on 2008年11月12日
舞鶴市余部下の三浦日出夫さん(77)が自宅で「懐かしい記録写真展」を1されている。6日まで。
本日の朝日新聞には、「写真館を経営されていて、終戦後から趣味で取り始めた写真の内。国鉄中舞鶴沿線風景を展示している」と報じている。
早速店舗に伺ったが現在は、京都交通の高速バスの取り次ぎや煙草の販売の傍ら写真の現像されている。

今回は・・中舞鶴線の沿線や中舞鶴駅付近の昭和20年代から40年代頃の白黒写真で壁面に30枚ほど展示。鉄道線路地図を住宅地図を繋ぎ合せ今は廃線跡となった地図を壁いっぱいに展示、現在の舞鶴港に捲り残された線路の写真も添付されていた。
そのほか当時を偲ぶ、失業対策の事業で中舞鶴駅の土地を国道に変える土木の写真は・・ほとんどが人力作業で中国の工事事情と似ている・・今となっては面白い。
また、このあたりの三差路ではオート三輪車がスピードの出しすぎで横転したもの。昭和26年の昭和天皇の行啓も。また終戦後の自衛隊基地の様子も撮られていた。

今後もストックしている写真から特集シリーズを次々考えているという話を伺った。
また、後世に残す工夫にも関心を寄せられた。
北吸界隈
Posted on 2008年11月10日
ここ2週間連続で舞鶴の北吸界隈を探索した。
先週の中舞鶴線跡地ウォークと今回のハイキング。
市街地に最も近い北吸地区に100mの四面山と行者山のハイキングロードがある。
今日は「まいづる探索隊」の行事として22名が参加した。
数日前まで晴れの予想が曇り空、昼間14℃とすこし肌寒い。
北吸地区はもともと村tが舞鶴に鎮守府を置くことの命により、49戸の土着の人たちが強制的に移転を迫られこの地域一帯から中舞鶴までは軍の管理となり、一般の人は立ち入りできず、東西間の道芝を経由することになる。現在の三宅は軍の射撃場になり・・今は住宅団地になっている。
それから100年・・赤れんが倉庫群など舞鶴を象徴する地域に変わった。今日も外来の観光客が早くから智恵蔵周辺に集まってれんがの建物マップを持ち・・道を尋ねられる。
先ずは、庭木、庭園など寺全体の手入れが行き届いた臨済宗・得月寺を起点として、弘法大師八十八か所の札所石仏が祀られているロード沿いに頂上を目指し忠魂碑横を通り最高峰(95.9m)に着く。
登山ロードは、さほど険しさはない。両山とも墓地の中の石段を登る。雑木が生い茂り視界は悪いが下界の騒音が良く聞こえている。
ここも相変わらずイノシシの住み家か? 紅葉も進んでいるが、あと2週間ほどは楽しめるだろう。
その先に真言宗・大聖寺がある。住所はやはり北吸。 この寺は歴史が浅く、松尾寺分家として建立、100年ほどの寺。東郷平八郎のお墨付きであったらしい。檀家も市内一円に400件あるそうだ。 本堂には・・指定文化財の釈迦如来像がある。本日は特別拝観させてもらった。
若い住職から寺の説明、云われなと゛を聞き、ご丁寧に本堂で茶菓の接待と昼食の場を与えていただいた。
午後はさらに、この寺から行者山(100m)にのぼる。大峰山役行者を祭っている。このルートから三宅神社に辿りつく。ココまで来れば石段を駆け下りると元北吸駅に辿りつく。一周3.5Km
得月寺庭園

大聖寺本堂

今日の参加者・・大聖寺山門

真っ赤な街路樹
Posted on 2008年11月 8日
時計台と紅葉
丹後も紅葉の見ごろになってきました。
西舞鶴駅前の街路樹も・・こんなに美しくなっています。
木の名前は分かりませんが・・一本の木も日当たりの良いほうから徐徐に色づき始め
早く紅葉したものはほとんど散りました。
小さい写真は・・10月24日に西舞鶴駅前で撮影したものですが、れんがのデザインした小型バスが色彩的にれんがの街を象徴しています。
10月24日の紅葉の様子。バスは・・京都交通の定期バスです。
中舞鶴線廃線跡探索
Posted on 2008年11月 2日
まいづる智恵蔵サポーター企画の「国鉄中舞鶴線廃線跡ウォーク」約5Kmが87名の参加のもと秋の日差しを受けて絶好の天候の中、予定通り終了しました。
サポーターのメンバーが智恵蔵館内からアウトドア企画は初めてのこと。
参加者は福知山、加悦、宮津、小浜などにもおよび・・マスコミ掲載で呼びかけた反応の成果でもありました。
出発セレモニーと自衛隊桟橋にも立ち寄り

国鉄OBの方の田丸さんや山下さんなどが、当時を偲ぶ熱弁に企画の内容がいっそう引き立ちました。
北吸駅跡や総監部前では当時の背景なども詳しく語っていただき熱心な参加者はメモをしたり、質問をしていました。
程よい5Kmはあっという間でした。私を含め歩き足りなかった人も多かったと思いました。
本日の京都新聞に掲載
昭和47年廃線になったこの線は当時は無人化されていたが、駅員配置されていた当時のOBの方たちも年齢が80歳近くにもなりだんだんと影が薄くなりつつありますが・・10両編成の客車が定員を超えて①日17往復し30000人もの輸送していた重要な線であることをあらためて認識していただいたことと思います。
今後もサポーターでは、その趣旨に基づき忘れつつある舞鶴の宝を集約して後世に伝える役目を担っていきたいと思います。・・・サポーター会員・田舎の駅長記す
ウォークスナップから





